2013年11月30日土曜日

大学教員になる方法「感想版」

一昨日だったか,深夜に研究室の後輩から電話があり,
「あの〜◯大の教員採用の件なんですけど・・・,」
という連絡がありました.

研究室の後輩ですし,書類作りを少し手伝ったこともあって,
「(おぉ!どうなった?!)」
と高鳴る胸を抑えつつ,
「あ,例のやつね.どやった?」
と聞いてみますと,

「不採用でした」

とのこと.
面接まではこぎつけたんですけど,やっぱり20代半ばでの採用は難しいですね.
面接後も連絡をくれていたんですけど,その時もあまり感触は良くないようなことを言っていましたし.

対して,今回採用された人はというと,その業界では結構な実力者でして.
その人を抑えて件の後輩が採用されるというのは,いやいや,ちょっと今回は難しかったですね.

それでも,彼にしてみたら大学教員になるための一通りの手順が分かっただろうし,ベースとなる書類審査を通りやすい資料も手元に残っているわけですから.
次だ!次!ということですよ.

ところで,
今年から大学を移ったこともありまして,一緒に新任で入ってきた老若男女の先生方と,大学教員採用に関してお話しをお聞きする機会に多く恵まれました.

最近の多くの大学は「任期付教員(だいたい3〜5年)」という,同じ大学にずっと勤め続けない制度を採用していますので,こういう転職活動についての情報交換も活発になっているのかもしれません.

そんなこんなで本ブログを見てくれている人も多いのですが,
夏の終わり頃でしょうか,某新聞社の記者さんからメールをいただきまして.取材を受けました.
教員採用に関することとして,先日,その新聞の記事にもなっております.


さて,今回は大学教員において採用・不採用を受け取った者としての感想集の一つです.
何かしらの参考になればと思います.

これは上で紹介した後輩にも,書類作りの際にアドバイスしていたことですが,
「大学は,入ってきた学生をより良い者にして輩出するところ」
だという点を忘れてはいけないという点です.

【バカ(おっと言い過ぎた,撤回します)にも分かるような「教育力」訴える】
過去記事と重複しますが,昨今の大学は「教育」を重視します.
研究が軽視されているわけではないのですが,その「研究能力」をどうやって「教育」に活かせるのか?を問われます.

こういうことです.
何かの研究で名を挙げて,自信があったとしましょう.でもそれは大学教員としての能力ではなく,研究者の能力です.
どれだけ研究業績を華やかに見せても,他領域の人にとっては意味不明なことです.ましてや,院生ならまだしも,学部生にとっては,その価値は分かりません.
研究能力が優れているということをアピールしても,問い詰めれば「では,研究所に奉職されてはどうでしょう.その方が貴方の能力を発揮できますよ」とか,果ては「へぇ〜.すごい研究なんですね.では,独自に研究所を立ち上げられては?」ということになります.
ここは大学です.それまでの研究,今やってる研究が,「学生の教育」にどのように活きるのかをアピールしなければならないわけです.

「大学は研究をするところなんだからさぁ.そこは分かってよ」
というお気持ち,お察しします.
が,ひどい言い方かもしれませんが敢えて言うと,世の中の人はそれほど思慮深い人ばかりではないので,3手詰み将棋くらいしか思考できません.最近は1手詰みが流行っています(「分かりやすく言う」とか「一言で言う」とか,そんなやつ).
そのような中にあって,9手,11手詰みの話をしてもついてこれないのです.

「大学とは,研究(思索)活動を通して学生を教育するところ」であって,「授業が面白い,上手い,情熱がある,といったことに関係なく,学生というのは育っていくものだ」というのは,イメージがつきにくい.よって,仕方がないから
「ねぇねぇ,聞いてよ.ボク,学生さんをこんな風にして教えることができるんだよ!」
ということをバカバカしくもアピールしなければならないのです.
チョット前に流行った,「小学生にも分かるように話す」ことが大事なのですよ.

「おいおい,ということは最近の大学や大学教員てバカなのか?」
ということになるのですが(否定はしないが),これについては複雑な要因が複雑に相互作用を起こしているものと考えておりまして,話が長くなりますから別記事を参照してください.
大学について
とか
こんな挙動の大学教員がいる大学は危ない

んで,そうやって訴えるための「バカ◯層にも分かる教育力」のネタはどこから探してくるのか?そこが問題ですね.取材に来ていた新聞記者さんも尋ねてきました.
それは何か!
私のオススメは「文部科学省HPにある大学教育改革の資料等です!

例えば■大学における教育内容・方法の改善等についてというページを御覧ください.
今の大学に求められている授業改善が具体的に書かれています.
他にも■国立大学改革プランについて(←PDF)とかでは,これからの大学教員にどのような振る舞いが求められているのかを知ることができます.
最近は「教育再生実行会議」という売◯奴政策からもネタが引っ張ってこれますよ.
教育再生実行会議「提言」を読めば,今どきのナウい大学教育を知ることができますので.

こういうのって,学生の就活でいうところの企業研究,業界研究ですからね.「大学」という就職先を目指す者としては,やって当たり前のはずなのでしょうけど.
大学教員を目指す人ってこういう資料を読むのを「('A`)マンドクセ」と感じちゃうんですが,大学を運営している人にとっては身につまされる思いの資料ですから.
こういう資料をちょっと読んでおけば,書類や面接での話の節々から「(皮肉を込めた)教養(みたいなもの)」が滲み出るものですよ.

憂国の教員としては,上記はあくまで「手段」として利用してください.
採用されました暁には,これらに全力で歯向かうようお力添えお願い致します.


ところで,上の方で出てた “面接の感触” ですが,これは全然あてになりません.
学生たちと話していても,これは就活面接にも言えるのだろうな,と感じます.

【教員採用面接でのやりとりに潜む背景(を知ったところで何か良いことはないが)
過去,3つの大学で面接を受けてきましたが,いずれも “手応え” みたいなものはありませんでした.
今,一緒に仕事をしている同年代のある先生なんかの話では,質問も適当なものばかりで,拍子抜け状態で終わったそうです.
これは私の推測でしかないのですけど,本学にはその先生の専門と近い分野の方が当時おりませんで,研究や教育方法について “ツッコもう” にも,難しかったのではないかと思います.

大学というのは学校や企業と違い,(表向きは)その大学教員というのはその業界や領域における独自の(オリジナリティが高い)専門能力があるという前提がありますから(つまり,組織の歯車の1つというより,独立した会社の1つみたいな感じ),よほど業界や領域が近くない限り,ペラペラと専門的な話はできんのです.
なもんだから,もし(面接の相手がホントに実力者だったりして)下手な質問をしてしまい,「こいつ,面接官だから偉そうにしてるけど,フッ(笑),素人め」と思われてしまいたくないという思考が働くものと推察されます.

実際,その人がホントに実力者だったりしたら,その大学では採用にならないにしても,別の大学に採用になるでしょう.そうした時,「△大の◯◯先生は,この分野については見識が薄いようだ」という話が回ります.

そういう恥は書きたくないのが大学の先生というものです.
よって,研究や学術的な話はある程度にとどめておいて,教育に関する話でお茶を濁すという側面もあります.


久しぶりにブログを書いていたら,結構長くなってしまいました.
続きはまた今度.

PS
明日から12月ですね.
この時期から,大学としては寝耳に水の退職願や割愛願が頻発し始めます.
「やべー,来年,この授業誰が担当するんだよ!」ってなって,
「しゃーない.誰か適当に非常勤とか,任期付き採用を」となることが多くなります.
特に若手教員は,あらゆるところにアンテナを張っとくことをオススメします.

続編を書きました.
大学教員になる方法「感想版2」

関連記事
大学教員になる方法「強化版」