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スポーツは健康になるためのツールではない

たまには体育スポーツについての持論をブログにあげておきたいと思います.
以前にも,
エクササイズからスポーツへ
でも書いていますけど,今回はそれをもう少し詳しく.

我々もそうなのですが,大学や行政も「健康スポーツ」を謳うことが多くなりました.
でも,安易に「健康になるためにスポーツを」という着想では,「健康スポーツ」とか「ウェルネス」といったことを実現することは難しいのではないか?というものです.

どうしても学生募集や世間ウケを狙いたい “新興スポーツ系学部学科” は,この「スポーツをすると身体活動量が高まって,それが健康につながるよ.だからスポーツはいいんですよ」という簡単な主張をしてしまいがちです.
そういった側面があることは間違いないのでしょうが,メインストリームとして主張されるべきことではないとも思っています.でもまぁ仕方ないのですが.

私も学生時代は「スポーツ→活動量増加→身体への好影響→健康」という流れとして捉えていました(健康スポーツ・コースを専攻した学生ですし).
だけど卒業してからは,極端に言えば「スポーツ=健康」だという捉え方になりました.
「健康スポーツ」の真髄はここにあります(と,大見得を切ってみます).

以下,私が授業や紀要などで書いている事を,かなり噛み砕いて...,ドロドロに見えるぐらいに消化したものを掲載しておきます.

健康スポーツ系の大学生におきましては,どうぞレポートのコピペ用に使ってください.
その代わり,ちゃんと読んでくださいね.
尚,わかっちゃいると思いますが,ですます調を,である調の文章にしないとダメですよ.
あと,本文中にリンクや参考文献も載せといたので,きちんと確認しといてください.
※覚悟をもってコピペ・レポート用にするなら,バレないように処理しておいてください.君たちのレポート作成と,健康スポーツ観の学びになれば幸いです.

さて,
日本が健康ブームだと言われて久しいのですが,このブームを確かな動きとして後押ししたのは行政施策だと言えます.
「スポーツが健康づくりに役立つ」というテーマは,日本だけでなく世界的な潮流でして,人々の健康の維持増進を目的とした福祉施策として定着してきた感がありますね.

というのも,日本においては2004年の時点において65歳以上の人口割合が21%を越えて超高齢社会となり,医療福祉費の増加が懸念されておりました [文献1].
この増加する医療福祉費を抑えるための活動としてスポーツに白羽の矢が立ち,リハビリテーションとしての効果や体力づくりとしてのトレーニング等が期待されていたのです [文献2].
体力を高めることの恩恵は,「生活の質(QOL)」を改善するという側面からも様々な提言がありまして [文献3],これまでにも日本では運動習慣を改善する啓発活動がなされてきました. 

日本における代表的なスポーツの福祉政策は,ご存知「健康日本21」です.
健康日本21というのは,2000年に当時の厚生省(現 厚生労働省)が始めた「21世紀における国民健康づくり運動(←リンクしてます)」の通称でして,目標年度に向けて運動習慣者の増加を目指すスポーツ啓発活動でした.
この影響を受けて,2006年には日本国内の疫学調査と介入研究のデータを基にした運動処方のガイドライン「健康づくりのための運動指針2006(通称,エクササイズガイド2006)(←PDFにリンク)」を策定しています.ちなみに,今年これが改定されて「健康づくりのための身体活動基準2013(通称,アクティブガイド)(←リンクしてます)」というものが登場しております.

余談として,この「エクササイズガイド2006」なんですけど,私の師匠が思い出話として語ってくれたのですが「日本のスポーツ科学のプライドをかけて作成した」とのことでした.
というのも,日本の運動指導はこれまで,国外(案の定のアメリカ)の運動指針やガイドラインを基にしていた経緯がありまして.
まぁ,ともあれ,現在では日本独自の運動処方のガイドラインを求める渦にまでに至ったのは特筆すべきところです.

しかしです.
こうした日本のスポーツ科学の頑張りは,「健康のためにスポーツを」という短絡的なスローガンへと変貌していきます.
さらには,「科学的な運動でこそ健康が得られる」という,なんだか「ブラック・イズ・ビューティフル」みたく,反動的なことを言い出すスポーツ科学者もいたりしたのです[怖いので文献割愛].
別に害悪が多いわけじゃないので看過してもいいのでしょうけど.レポートのコピペをしようという人は,以下,尚更しっかりと読んでください.

上述した以前の記事でも書いていますが,デフレ不況下の日本でもジョギングやトレーニングといった運動,フィットネス関係への参加と取り組みが好調です.他のスポーツは軒並み参加数や競技人口を減らしているにもかかわらず,です [文献4].
この背景には,さきほど挙げた健康日本21や生活習慣病予防(現在はメタボ対策と呼ばれている)といった,行政も介入している「健康啓蒙活動」の影響があると考えてよいでしょう.
こうした「健康のためにスポーツを」の流れを受けて「ジョギング」や「トレーニング」への参加者が増加している可能性が高いわけです. 

ただ,ここに大きな落とし穴があるような気がしてならないのです.
こういった健康啓蒙活動で指導されるのは,教科書的な健康運動です.
冷笑的な表現をすると,スポーツ指導の専門家とは言えない役人や医師が指導する「手垢にまみれた健康運動」です.
こうした健康啓蒙活動で推奨されるのは,科学的エビデンスに基づく「運動指導」になってしまいます.体を動かす楽しみを味わう「スポーツ」ではないのです. 

※誤解してほしくないのは,決してジョギングやトレーニングを否定しているわけではありません.私自身がこの分野の者ですし.詳細は別の記事で...

たしかに,行政が介入する啓蒙活動であれば科学的エビデンスに基づく指導内容にしなければいけません.堅物の厚労省なら尚更です.
しかし,本当の意味での国民の健康を目指すためには,「スポーツ」ではない「運動」では限界があるのではないか?というのが懸念されるところなのです.

健康を目指すための規格に沿った「運動」というのは面白く無いものでして,指導をしていても辛いんです.
ならば,「健康を目指す」なんていう事を気にせず「スポーツ」そのものを普及させることで,結果として健康が得られる習慣や文化(?)を築けないものか.そういうことです.

「この運動は体脂肪燃焼には効果が薄い.こっちが科学的エビデンスがある方法だ」とか,「そんなスポーツよりも,しっかり◯分歩きましょう.心拍数は◯拍/分をキープしましょう」などと言われることもしばしば.
でも,こんなんで楽しめますか?
たしかに最初のうちは「へぇ〜,科学的でしっかりしてそうだなぁ」と受け止められがちですが,やっぱり長続きする人は限られてきます.

実際,国をあげた健康啓蒙活動の一つである健康日本21の最終結果報告(←PDFにリンク)を見ても,国民に運動習慣がついたとは言えません.
健康日本21では,1回30分以上の運動を,週2回以上実施し,1年以上継続しているものを「運動習慣者」と定義し(2000年時点の調査では男性28.6 %,女性24.6 %),2010年までにこの運動習慣者を男性39%,女性35%まで増加させることを目標としていました.
しかし,2010年の最終結果報告では男性32.2%,女性27.0%で,目標は達成できておりません. 

このような,スポーツを健康になるためのツールとして扱った啓蒙活動には,次のような警鐘があります.
健康になったらスポーツをやめるのか? [文献5]」

健康というのは,スポーツをすることによって得るものではなく,スポーツをしている状態こそが健康なのではないか.そういう指摘です.

2011年に定められた日本の「スポーツ基本法(←リンクしてます)」の前文では,スポーツを以下のように定義しています.
スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動であり、今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のもの.
結構良いこと言っております.
このスポーツ基本法に沿うとすれば,健康スポーツに対する捉え方の再考が求められます.
この基本法の前文も,読みようによっては「健康を目指すため運動が大事」といった,対処療法的な活動を推進するようにも捉えられます.
でも,そうではなくて「運動を楽しむことこそが健康」という,スポーツをすること自体を主体とした活動への転換が要求されるのではないでしょうか.


こうして考えてみますと,スポーツにおいて「勝利至上主義」がなぜ問題なのか?ホイジンガが述べた「遊び」と「スポーツ」の関係.商業主義との不親和性.といったことが問われるべきテーマになってきます.
が,それはまた紙面をかえて.

文献一覧
※コピペする学生は,これらや本文中のリンク先を読んで把握しといてください.
1.内閣府. 平成16年度版高齢社会白書. 東京 : ぎょうせい, 2004.
2.神山吉輝 他. 高齢者の筋力系トレーニングによる医療費抑制効果. : 体力科学, 2004. ページ: 205-210.
3.MorrisMeg., , SchooAdran. エビデンスに基づく高齢者の理想的な運動プログラム 對馬均監訳. 東京 : 医歯薬出版, 2008.
4.日本生産性本部. レジャー白書2012. 東京 : 公益財団法人日本生産性本部, 2012
5.宮下充正編. スポーツインテリジェンス. 東京 : 大修館書店, 1996