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井戸端スポーツ会議 part 50「最も強い表現で非難する」

昨日の記事でも書きましたが,現在日本は北朝鮮に対し「最も強い表現で非難する」という声明を出しています.
菅官房長官「最も強い表現で非難」 北朝鮮のミサイル発射で(日経新聞2017.7.29)

「『最も強い表現で非難する』とは,これいかに?」
というネット記事も見かけますが,案の定,国際的な声明の出し方に準拠したものなのだそうです.

ようするに,日本語で最も強い非難の言葉を述べたとしても,相手国の言語にとってはどの程度の非難なのか解釈するのが難しくなるのですから,「私は今,最も強い非難をしているんですよ」ということを表すために,それをそのまま伝えているということです.

例えば,相手国に「怒髪天を衝く心境です!」と伝えたとしても,言われた国によっては「ヘアジェルの量が多すぎて困っている」と捉えるかもしれませんし,「はらわた煮え繰り返る思いです!」と伝えても,「モツ鍋が美味しそう」と間違われるかもしれない.

つまり,「最も強い表現で非難する」というのは,
「私は今,あなたが思いつく中での最大級の非難表現をしていると脳内変換してください」
という日本外交の約束事なのです.

ちなみに,私も過去のブログ記事で似たような手法を用いたことが何度かあります.
例えば,■子供の自殺原因「いじめ」は2%,という記事への反応への反応
実際の使用例は以下のとおり.
これについて私から言えることは,もうこの国の大勢,少なくともネット閲覧者の多くが,想像を絶するほどに◯◯だということです.
※上記の◯◯には,考えられる最も侮蔑的表現を想像で入れてもらって結構です.
本当に諦めました.やっぱりこの国はダメかもしれません.
やばいです.
直接言及しても,それは相手にとっては侮辱にはならないかもしれませんし,最大級の侮辱的表現は人によってマチマチでもある.
だから,その表現については読み手に一任しましょう,ということです.

それに,直接的に言ってしまうと,いわゆる “コード” に引っかかるということもあります.それを回避するためにも有効な手法でしょう.
総理大臣や官房長官が「このハゲー! テメエらはクソだ! 死んじまえ!」って言ったらマズいですよね.

そんなわけで,外交において非難声明を出す際には,あらかじめ表現にグレードを用意しておいて,その用意された外交プロトコルに合わせて声明を出しているわけです.
政府の言う「遺憾」はどこまで強い非難なのか?「上から4番目」(エキサイトニュース2015.5.31)
それによると,「外交プロトコルによる非難の表現」とは,以下のような等級になっています.
最大級:断固として非難する
    非難する
    極めて遺憾
    遺憾
    深く憂慮する
    憂慮する
    強く懸念する
最小級:懸念する

というわけですから,「最も強い表現で非難する」というのは,日本国における退っ引きならない外交表現ということになります.


そう言えば,この記事は井戸端スポーツ会議でしたね.実は,スポーツ科学でもこれと似たようなものがあります.
ボルグ・スケール(Borg scale)と呼ばれる心理尺度で,心理分野だけに限らず体育・スポーツ領域全般でよく知られているものです.

主観的(自覚的な)運動強度(RPE:rating of perceived exertion)を測定する尺度で,その中でも特に有名なのが,心理学者のボルグ博士が考案したボルグ・スケールです.

一般的には,ジョギングやウォーキングといった有酸素運動時における運動強度や疲労感の測定に有効だとされています.
いろいろな尺度が考案されていますが,代表的なのが以下のようなもの.
最低6から最大20までの15段階のものがこちら↓
6
7 Very, very light(非常に楽である)
8
9 Very light(かなり楽である)
10
11 Fairly light(楽である)
12
13 Somewhat hard(ややきつい)
14
15 Hard(きつい)
16
17 Very hard(かなりきつい)
18
19 Very, very hard(非常にきつい)
20 Maximal(最大)
実はこの15段階尺度,「6」から始まるには理由があります.
各等級の数値に0をつけることで,その時の心拍数が推定できるんです.
例えば,「15 きつい」という運動をしている時は,心拍数を計測すれば約150拍/分になっているということ.

今すぐ簡単に試すことができます.
階段昇降とかスクワット運動など,何でもいいので2〜3分間の運動をします.
その直後,心拍数を計測します.最も手軽なのは,橈骨動脈か頸動脈で触れる拍動を10秒間計測して,それを6倍するという方法.もしくは15秒間計測して4倍すると良いでしょう.
そして,上記のボルグ・スケールを見て,その時の運動による疲労感やきつさを回答します.
おおよそ心拍数と一致しているのではないかと思います.
運動したけど「楽である」と感じたのであれば,約110拍/分.「かなりきつい」と感じたのであれば,約170拍/分といったところです.

つまり,英語圏の人が「Hard」と思っている時というのは,日本人にとっては「きつい」と思っている時であり,さらにはその時両者の心拍数は約150拍/分ということ.
結構おもしろいでしょ?

それだけに,ボルグ・スケールにおける最大強度には「最大(Maximal)」とだけ表記されていて,最大級の表現がないのも興味深いですね.
まさに「最も強い表現で『きつい』」ということなのです.

人によっては「死にそう(be dying)」とか「三途の川が見える(see the Grim Reaper)」とかになるのかもしれませんが,こうした表現も人によってマチマチでしょう.
それに,研究論文中に,
「被験者が『死にそう』と訴えた時点で運動負荷を終了した」
とか,
「被験者が『三途の川が見える』と感じた時点での測定値を記録した」
なんて書いたら倫理的に問題ですからね.