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井戸端スポーツ会議 part 49「江戸しぐさ」

先日,学生と2020年に予定されている「東京オリンピック」の話をしたんです.
開催地・東京の良さをアピールするにはどうすればいいのか? っていう話題だったんですけど,そもそも東京が良い所だとは思っていない私は,ちょっと上の空で話に付き合っていました.
そしたらその学生,「『江戸しぐさ』をアピールできたらいい」と言います.

「江戸しぐさ」ってなんぞ?
皆さんは知っていましたか? 私はぜんぜん聞いたことがありませんでしたので,てっきり大都市・江戸という土地柄から発生する「東京人」のような,醜いしぐさなのかなと思ったんです.
(「東京人」については,本文末のリンク先を参照のこと)

聞けば,「江戸しぐさ」とは東京・江戸に古くから伝わるエチケットとのことです.
実際,オリンピックを機に「江戸しぐさ」をアピールしよう,とかいう運動もあるのだとか.

江戸しぐさとはどういうものか.ウィキペディアにもありました.
実は結構メジャーなようですよ.
江戸しぐさ(wikipedia)

「江戸しぐさ」を紹介している団体もあります.
江戸しぐさ(NPO法人 江戸しぐさ)

ウィキペディアに掲載されている代表例を以下に転載しますね.
【傘かしげ】 雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと。
【肩引き】 道を歩いて、人とすれ違うとき左肩を路肩に寄せて歩くこと。
【時泥棒】 断りなく相手を訪問し、または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは重い罪(十両の罪)にあたる。
【うかつあやまり】 たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、「すみません、こちらがうかつでした」と自分が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと。
【七三の道】 道の、真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の3割にして、残りの7割は緊急時などに備え他の人のためにあけておくこと。
【こぶし腰浮かせ】 乗合船などで後から来る人のためにこぶし一つ分腰を浮かせて席を作ること。
【逆らいしぐさ】 「しかし」「でも」と文句を並べ立てて逆らうことをしない。年長者からの配慮ある言葉に従うことが、人間の成長にもつながる。また、年長者への啓発的側面も感じられる。
【喫煙しぐさ】 野暮な「喫煙禁止」などと張り紙がなくとも、非喫煙者が同席する場では喫煙をしない。
【ロク】 江戸っ子の研ぎ澄まされた第六感。五感を超えたインスピレーション。江戸っ子(江戸しぐさ伝承者)はこれで関東大震災を予知したという。
江戸っ子ってやべぇな.頭が逝っちゃってるんじゃないか? と思うようなものばかりですけど,ところがどうして,「江戸しぐさ」を紹介する書籍や啓発広告,学校の教科書がたくさん出ているそうです.件の学生も「これぞ東京が誇れるもの」と思っている.

もちろん,こうした「江戸しぐさ」はデタラメであるという記事や書籍もたくさん出ています.
まあ,デタラメでしょうね.

「江戸しぐさ」は1981年に初めて新聞掲載されたとされています.
どうして江戸しぐさが現代に伝わらなかったのかというと,なんとそれら「江戸っ子」たちが幕末の江戸開城にあたり,大量虐殺されたからなのだとか.
いわゆる「江戸城無血開城」というのは全くの嘘で,実は江戸は「江戸っ子」たちの血で溢れかえっていたというのです.
南京大虐殺みたいですね.

そんな断絶された伝承が,どうして現代に突如として現れたのか?
どうやら,大量虐殺をまぬがれた江戸っ子は「隠れ江戸っ子」として各地に潜伏していたそうです.
隠れキリシタンみたいですね.
そして,そんな隠れ江戸っ子がつくる秘密結社「江戸講」の子孫であるという小林和雄が,戦後日本のエチケットの荒廃を憂い,門外不出の秘技である「江戸しぐさ」を弟子に明かしたのが始まりなのだそうです.
どうして社会を円滑にまわすべく存在するはずのエチケットが「門外不出の秘技」になっているのかは不明ですが,これにより「江戸しぐさ」は,現代において「商標権(登録番号 第5274382号)」も得て日の目を見ることになったのです.

・・・うん,僕はついていけないッスよ.
この時点でお察しすべきことかと.

そうじゃなくても,上で紹介したものはどれもエチケットとしておかしい.

例えば【傘かしげ】とか【肩引き】なんかは,「普通そうするだろ」ってものでしょ? 何がどうエチケットなのか,まるで理解できない.
むしろこれらはエチケットとして落第点ではないでしょうか.私なら「自分は立ち止まり,『どうぞお先に』と言って相手を先に通しましょう」と教えます.江戸っ子にはそんな心の余裕はないらしい.
さすが江戸っ子,短気ですね.

次に【こぶし腰浮かせ】ですが,江戸で【こぶし腰浮かせ】をする機会はあるんでしょうか.
「乗合船などで・・・」と説明されていますけど,乗合船であれば「こぶし腰浮かせ」することもなく,船頭さんが「もっと詰めて」って言うでしょ.皆が乗らなきゃ出発できないんだし.船で立ち乗りなんてないんですから.立ち乗りしてたらシュールです.
この場合,船頭さんのためを思うのがエチケットってものです.私なら「乗船人数に合わせてバランス良く位置取りしましょう」っていう配慮を普及させます.
けど江戸っ子は「俺はここに座るんだ」と思ったらどうしてもそこに座りたいらしい.
さすが江戸っ子.頑固ですね.
でも,こんな客は船頭さんにとっては迷惑です.
特に渡し舟のような小舟であれば,ただもん席を詰めればいいわけじゃない.大きくて重い積荷や,時には馬も一緒に運ぶんです.電車やバスとは違います.
京都名所内淀川(歌川広重)
小型ボートを漕いだことがある人は分かると思いますけど,乗る人に適当に座られるとバランスが悪くなって漕ぎにくいし転覆の恐れがあります.
これは「座りたい」「座らせてあげる」という話ではなく,船頭さんの指示に従うべき事案です.
だから船頭さんに指示されるより先に,これから乗り込む人たちを見渡しておいて,体重や積荷などを推定して乗り込む位置取りを考えておくんです.あとになって「すみませんけど,そこの貴方,あっちに移ってくれませんか」などと言われること少なくするために.
っていうか,そもそも一般的な渡し舟に腰を浮かせるような「席」ってないよね.
東海道五十三次・見附宿(歌川広重)

【喫煙しぐさ】は絶対デタラメです.喫煙マナーについてゴチャゴチャ書いたことがある私が言うんだから間違いない(たぶん).
日本でタバコのマナーが取り沙汰されるようになったのは明治以降の話で,江戸時代においてタバコは極めてポピュラーな嗜好品だったことが知られています.
現代において人前でコーヒー飲んだりニンニク料理を食べてはいけない,なんてエチケットが無いのと同様,江戸時代は人前でタバコを吸うのは普通でした.
「火事と喧嘩は江戸の華」と言いますけど,江戸の火災原因として「タバコの不始末」はバカにならなかったんです.しかも,「よく売れるから」ってんで,米を作らずタバコを作る農家が後を絶たないため,防火と飢饉対策のため,徳川幕府は何度も禁煙令を出しています.
けど,さすがタバコの依存性は強かったようで,幕府が出した禁煙令が守られることはなく,むしろ高度な喫煙文化が花開いてしまい,江戸では老若男女がそこかしこでタバコを吸っていました.
さすが江戸っ子.無法者ですね.
詳細はこちら■日本の喫煙・江戸時代(wikipedia)
さらに,これはウィキペディアに掲載されているものですが,江戸時代の茶店や料理屋では,現代でいう「お冷(水)」を出すがごとく,来店客には「タバコセット(煙草盆)」を出すのが普通だったようです.
おせん茶屋(鈴木春信)

【時泥棒】に至っては,不可解極まるエチケットです.
どうやって江戸時代に「時間」を知れたのか?
「断りなく相手を訪問してはいけない」って,どういうこと? あらかじめアポでもとる気でしょうか?電話かメールでもするのかな?
それともあらかじめ訪問してアポとるのかな? でも,断りなく訪問しちゃだめなんですよね.
これじゃ八方塞がりです.
あ,もしかして大声かも.屋根に登って「おーい! 俺は明日の馬の刻に行くぞぉ〜!」って.
さすが江戸っ子.細けぇことは気にしないんですね.

【ロク】は意味不明です.超能力かな?
あ,そうか.時泥棒にならないように,テレパシーで訪問先とアポをとっていたのかもしれない.超能力で「刻」を見ていた可能性だってある.
さすが江戸っ子.ニュータイプだったんですね.

ところで,こんな疑問や批判を言おうものなら,「それは【逆らいしぐさ】だ」とか言われるんでしょうか.
年上の人が「かつて,江戸しぐさっていうのがあったの! 間違いないの!」って言ってたら,「はい,そうです」と返事をして逆らうなと.
なぜなら「年長者からの配慮ある言葉に従うことが,人間の成長にもつながるから」です.
さすが江戸っ子.意地っ張りですね.
でも・・・,(あ,「でも」って言っちゃダメなんだ)
いや,でもね,いくらなんでも「江戸しぐさ」は嘘っぱちですよ.
とてもじゃないけど,江戸しぐさを広めることが「配慮ある言葉」とは思えない.
デタラメですから.
しかも,そもそもの話として,エチケットになっていないし.
道徳的に考えて,捏造された歴史的背景を基にマナー啓蒙をしても,それは本当の意味で社会のためにはなりません.
たとえば第二次世界大戦を取り上げ,「戦争は恐ろしい」とか,「日本軍に愚行があった」というのは事実として扱ってもいいでしょう.でも,それを伝えるため「南京大虐殺」をでっちあげて良いことにはならない.これと一緒です.

なお,上記の例で唯一おもしろいのは,【うかつあやまり】です.
これ,たまに私もやります.たしかにその場の空気を和らげるためには効果的ですからね.
けど,これをやると図に乗って反省しない奴もいるから,そこは注意が必要です.
我々教員がよく使うのは,授業中に居眠りしてる学生を起こして,「眠たい授業をやってるこちらも悪いんだろうけどね」などと言ってあげるパターンです.
居眠りしてしまったことを悪いことだと思っている学生には効果的ですが,そう思ってない学生にとっては甘やかしでしかありません.
どっちかというと,「しぐさ」じゃなくて「ギャグ」みたいなものですかね.まじめな顔してこれを使ったら,逆に気色悪い人に映ります.
想像してみてください.ヤクザみたいな人の足を踏んじゃったとして,その人が「いやいや,踏まれた私が悪かったんですよ」とか言ってニコッと笑ったら,間違いなく殺されるフラグですから.

話を最初に戻しますと,東京オリンピックで江戸しぐさを広める必要はないってことです.
むしろ,「東京しぐさ」を早く是正したほうがいいのではないか.
そんなふうに思っています.


「東京しぐさ」はこちら↓
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