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続・子供の「自殺」について落ち着いて考えよう

前回の続きです.
子供の「自殺」について落ち着いて考えよう

前回記事によると,やっぱり子供の自殺の原因の多くは「学校問題」でした.
では,「学校」でできることは何なのか? それについて今回は考えてみます.

警察庁の統計によれば,「学校問題」の中でも原因として圧倒的に多いのが「進路の悩み」,次いで「家庭問題」や「健康問題」です.
ここをなんとかしないといけない.そう思う教育者の一人でもある私ですが,進路の悩みに対する世間の目は意外と冷たくってですね,ネットやメディアを中心に関心が高いのは「いじめ」なんです.
でも,「いじめ」による自殺は年間数件ほどで,毎年550件発生している子供の自殺のごく僅かでしかない.

そうした事実に対し,こんな声があります.
「自殺の原因は,判明しているデータの裏で『不明』として片付けられているものがたくさんある.そこには「いじめ」で自殺した子供がたくさん含まれているのではないか」
というもの.

たしかに発表されている自殺の原因は,当たり前ですがその原因が判明しているもののみです.
例えば2017年発表データでは,以下のようになります.
警察庁「原因・動機別自殺者数」(2017)
現在では,約25%の人が原因・動機が不明として計上されています.

経年推移を見てみます.
以下のグラフでは,自殺の原因や動機不明のものが最上段の部分です.
警察庁「自殺の原因の割合」(2017)
子供(未成年)の自殺に絞った原因・動機の不特定者の割合は,年齢が下がるにつれて大きくなります.子供の場合,警察としても自殺原因を特定できないことが多いのですね.
特に,中学生以下の自殺が「不明であることが多い」とされるので,勢い,「そのほとんどが『いじめ』ではないか」と言われるのです.
「自殺原因・動機に関する判断資料なしの比率」内閣府(2015)
未成年の自殺者は約550人前後で推移しているのですから,その内訳からして全体では約150〜200人くらいが原因不明ということになります.

なお,「いじめによって自殺した子供が多いのではないか」と言われることの多い,原因・動機の不特定者の比率が大きい中学生以下(15歳以下)の自殺数は,年によって大きな変化はなく,だいたい80名ほどです.つまり,中学生以下については,毎年約30名くらいが原因不明の自殺ということになります.

参考に,前回ご紹介した「学校問題」における内訳をお示ししておきます.
ちなみに,中学生の「学業不振や進路の悩み」による自殺者数も,例年20〜30件あります.
「動機・原因不明の自殺の全てを,いじめを苦にした自殺ということにしよう」という極端な想定をして,ようやく「学業や進路の悩み」の自殺者と並ぶのです.

いえ,そんな話をしたいのではない.私が言いたいのは,いじめによる自殺も,進路の悩みによる自殺も,同等に「学校問題における自殺」として問題視すべきだろうということです.
しかも,進路の悩みは警察が発表する統計上圧倒的に多数です.

いじめ問題を軽く扱っても良いと言ってるわけじゃありません.
これを交通事故対策に例えれば,死亡事故の比率で「自動車事故」が圧倒的多数にも関わらず,バイクや自転車の対策に労力を注ぐようなもの.
不幸な事故を減らすために,まずは自動車の安全対策を進めることが先決であるのと同様,子供の自殺については学業や進路の悩みについて取り上げることが大事だろうということです.
(もっとも,これについては日本人の多くが「勉強できない子供は生きる資格がない」と考えているフシもありますから,あまり共感されないかもしれません)

そもそも,「学校問題」を長期的にみたらどういう状況なのでしょうか?
まずはグラフをご覧ください.1978年〜2016年までの傾向です.
「学校問題での自殺者数」警察庁データ(2007年および2017年)から作成
「学校問題」なのですから,そのほとんどが「22歳以下」であると考えられます.
統計によると,学校問題による自殺者は徐々に減少していることが分かりますね.1978年には350人以上だったのが,現在は約150人ほどです.半減しています.

実は,図中にも示しているように,2007年から「自殺の動機・原因の集計方法」が変更されています.
前回もお話しましたが,大事なことなのでもう一度確認しておきます.

集計している警察庁では,自殺の原因を6つに分類しています.
1)家庭問題:親子・夫婦・親類との不仲や,介護疲れなど
2)健康問題:不治の病や身体障害,うつ病や精神疾患など
3)経済・生活問題:事業不振や就職失敗,借金など
4)勤務問題:仕事の失敗,職場の人間関係,仕事疲れなど
5)男女問題:結婚をめぐるトラブル,失恋,不倫など
6)学校問題:進路や学業不振,いじめなど
これらのうち,遺書等の自殺を裏付ける資料により明らかに推定できる原因・動機を自殺者一人につき3つまで計上したものを集計しているのです.ですから,一人の自殺者で複数件該当する場合もあります.
例えば,「経済的に困窮し,しかも身体に障害があってお先真っ暗だ・・・」という遺書が残っていれば,2番と3番にポイントがつくんです.

一方,2006年までは「遺書」に書かれてあったことから代表的な動機を1つ選んで集計していました.また,遺書がなければ「遺書なし」ということで集計していました.なので,2006年までは遺書がなければ動機や原因が不明ということになっていたんです.
でも,自殺者の周囲の人々への聞き込みや,あからさまな「遺書」がなくても自殺原因は特定できます.さらに,自殺原因が特定の1つであるなんてことは考えにくいので,2007年以降は複数の原因を考慮するようになったとのことです.

その上でもう一度グラフを見ても,「学校問題」は2007年以降増加せず,むしろ減っているくらいです.
逆に,「家庭問題」は2007年以降に増加しています.
「家庭問題での自殺者数」警察庁データ(2007年および2017年)から作成
ということは,生活に困窮しているとか,学校での成績が悪いなどといった理由にプラスして,家庭での不和が自殺の要因の一つとしてカウントされやすくなっていることが分かります.

話を戻します.
「学校問題」での自殺者の推移を見る限り減少していることが読み取れますが,では,そもそも未成年の自殺者数の全体像についても気になってきます.
前回記事では2007年以降の自殺者数しか検討しませんでしたが,ここで昭和からの自殺者数を見てみましょう.

警察もこの70年間で集計の仕方がちょっとずつ変わっていますが,まずは1947年からの統計データです.
以下は,5歳〜14歳の自殺者数.小学生から中学生に相当する年代です.
厚生労働省報告書(2016年)を元に作成
人数が少ないことと,年によって幅があるもの,この約70年間で大きな変化はないことが分かります.

次に,15歳〜24歳の自殺者数.高校生から大学生に相当する年代です.
厚生労働省報告書(2016年)を元に作成
1950年〜1960年あたりの約10年間が凄いですね.
そう言えば,これと似たグラフを以前作ったことがあります.
子供の自殺についてより
1950年〜1960年くらいの日本では,そこで青少年が生きるためには「犯罪を犯す」か,でなければ「自殺する」かの状態だったことが推察されます.
子供(若者)の犯罪や自殺は社会の不安定さと強く関係することが分かる統計です.
実際,近年では1998年の不況突入から再度増加する点もピッタリと符合します.

最後に,1978年から集計されている19歳以下の自殺者数データです.
厚生労働省報告書(2016年)を元に作成
1980年から急激に減少し,その後は年によって幅があるものの,今日まで減少傾向にあります.

ちなみに,この間の統計データを「学生・生徒」というカテゴリで示された厚生労働省のデータがあります.
厚生労働省報告書(2016年)より
1998年で一度大きく増えて,その後2011年まで徐々に増加し,以後は減少傾向にあるとされていますが,こうした増減は「学生・生徒」の中でも自殺者数の割合が大きい「大学生」の動きに引っ張られているであろうことが推察されます.
その割合を示したグラフはこちら.
ほらね,やっぱり.


つまり,「学生・生徒等の自殺」というのは,概ね大学生の自殺の動きを捉えていることになるのです.
逆に言えば,「学生・生徒等の自殺」からは小中高生の自殺を読み取ることはできません.
学生・生徒等の自殺が2007年に激減したのは,ちょうどその頃に大学新卒者の求人倍率が好転したからと見えなくもない.

もっと言えば,未成年自殺者と一括りにされるデータのほとんどが18歳〜19歳であると考えられます.
例えば,2016年における未成年自殺者は554人.そのうち小学生は9人,中学生は91人,高校生は213人(合計:313人)です.日本人の98%が高校に進学しており,そのうち90%以上が18歳で卒業するとされますので,残る40%の自殺者241人の大部分が高校卒業後の18歳〜19歳であると推定できます.

前回の記事も含めてまとめると,つまりはこういうこと.
1)小学生・中学生・高校生の合計自殺者は,未成年の自殺の中では約60%です.
2)残りの約40%のほとんどが18歳〜19歳ということになります.
3)「学生・生徒」として計上される自殺者の約50%が「20歳以上の大学生」の自殺と推察されます.
4)中学・高校生の主な自殺原因は「学業不振」と「進路の悩み」です.
5)大学生に特徴的な自殺原因は,「就職失敗」「学業不振」「進路の悩み」です.

そこから考えられるのは,最も自殺対策を講じたほうがいい教育機関とは,小学校でも中学校でもなく,私が勤めているような「大学」,そして,そこに入学しようと頑張っている生徒の多い「高校」と,浪人生を抱えた「予備校」ということになります.


以上,子供の自殺についてデータを多角的に検証してきました.
ここからようやく「自殺対策」の話になりますが,これまでの統計データを見る限り,効果的な対策は「学力競争させない」「学歴社会を緩和する」ということになります.もっと「ゆとり」をもった方がいい.
そうです.本当の意味での「ゆとり教育」こそが子供の自殺対策になります.

残念ながら自殺原因の集計は1978年からなのでそれ以前のデータが不足していますが,「学校問題」によって自殺する子供(未成年)は1980年から激減しています(前半で示した図).
では,1980年以降の教育界で何があったのでしょうか?
はい,ご案内の通り,「ゆとり教育の開始」です.この時期から教育界では学力競争が比較的弱まりました.

さらに,ここ30年ほどかけて徐々に減ってきた子供の自殺者数ですが,それと連動するように発生していたのが「大学入試倍率の低下」です.
血眼になって勉強しなくても,そこそこ納得できる大学に通えるようになったのではないでしょうか.

競争的な教育の必要性を説く威勢のいい皆さんには面白くない話かもしれませんが,過去のデータから推察する限り,子供を自殺に追い込まないようにするためには,いじめ問題に取り組むよりも「学歴社会の緩和」の方が効果的である可能性が高い.

そうしたことを考える上で,非常に参考になる知見を展開している書籍があります.
岡檀 著『生き心地の良い町』では,自殺率が極めて低い地域「徳島県 海部町」に焦点を当て,その地域社会は他と何が違っているのか分析しています.そこから,自殺が少ない集団の特徴を調べることによって「自殺予防因子」を探ろうと試みています.

岡氏によると,自殺率が低い地域に特徴的なことは,
1)コミュニティにゆるやかな紐帯がある(強い共同体意識や「絆」が弱い)
2)身内意識が弱い
3)援助希求への抵抗が小さい(恥ずかしがらずにサポートを求める)
4)他者への評価は人物本位である(肩書や学歴を気にしない)
5)政治参加に積極的
の5因子とのこと.
逆に,高い自殺率を持つ地域はこれとは逆の特徴があるそうです.

これを「子供の自殺」や大学生までの若者を含めた自殺対策として考えた場合,特に教育機関として提言できそうなことは,
1)仲間意識,クラスメイト意識をゆるやかに持つ
2)偏った人間関係を作らない
3)カウンセリングや相談窓口へのハードルを低くする
4)学歴や進路による優劣を弱める
5)主体的に社会と関わる機会を設ける
といったことが考えられます.

よく,「クラスによって運営されている日本の学校は閉塞性が高い」などと言われますが,実はそういう仲間意識やクラスメイト意識は自殺予防として重要である可能性があります.
逆に,限られた人間関係で構成される集団では自殺率が高くなるようです.おそらく,「好きな者同士」とか「離れられない者同士」で過ごすことで,考え方が凝り固まってしまうのでしょうね.
つまり,学校教育においてよく言われる「幅広い人間関係を構築する」というのは,自殺予防になる可能性が高いのです.
そうは言っても,同じクラスで1年間続けるよりも,学期ごとにクラス替えをするのは良いことかもしれません.

上記のことは,「学歴」や「進路」の評価とも関係します.
子供の自殺原因の特徴である「学業不振」と「進路の悩み」であることが物語っているように,子供が自殺しようと思うほどのこととは,どの高校や大学に進んだか?という「学歴」であり,どういう将来像を持っているか?という「進路」に関することなのです.

別に学歴や進路のことをいい加減に考えても良いと言っているのではありません.
それ以外の価値観もあるということを,子供に示してあげることが大事なのです.
どの大学に入学できたかでその後の将来が決まるというプレッシャーが,子供の自殺を促している可能性は高い.
実際,日本以上に学歴競争が激しい韓国は,日本以上の自殺大国なんです.

しかしこれは,学校や大学の当事者だけで対処できる話ではありません.
やはり教育に関する政治的配慮が求められるところです.

提案できる方向性としては,このブログでも他記事で主張している,
1)大学の格付けをやめる
2)どの大学でも同じことが学べるシステムにする
3)「学閥」を弱める
4)大学入試は足切り程度にし,卒業のハードルを高くする
といったことでしょうか.

急に変えろとは言いません.
20年30年かけて,ちょっとずつ上記のような大学の在り方にしていくべきではないかと考えています.

現在,日本では「大学が多過ぎる」と批判されています.
どうして大学が多過ぎることが問題なのでしょうか?
これを,「多くの国民が大学教育を受けられる環境が整った」と捉えれば,見方も変わります.

私は大学の偏差値が下がることに危惧も心配もありません.
偏差値が異なるいろいろな大学を見てきた結果,学生の「モノの考え方」は偏差値とは関係ないということを実感しています.
学力の高いバカはいるし,得てしてそんなバカが社会のリーダーになったりする.
社会に害をなすような奴が「高学歴」だからって重用される仕組みの方が,なんぼか問題です.

なるべく多くの人が大学教育を受けることによって,学校教育とは違う学術生を身に着けてほしいものです.
そのためには,限られた高学力者だけでなく,まんべんなく大学教育を受けてもらうことが大事だと思います.
大学教育によって適切なデータ解釈ができる人が増えれば,子供の自殺の主因が「いじめ」だと勘違いするような人は減るかもしれません.

岡氏の研究によれば,自殺予防のためには「多様性を認める」ことが大事だとされます.
世の中にはいろいろ人がいて良いんだ,ということを教育することが現在の学校や大学で求められていることです.


PS
そう言えば,「多様性を認める」というのは,私の恩師が「大学で学ぶべき最重要のこと」と述べていたことです.
大学で勉強していることは,唯一絶対の解などではなく,答えを導き出すための道なのだ,と.
多様性が認められなければ,学術的な思索はできませんから.


PPS
余談ですが,意外とバカにできないのが高校生と大学生における自殺の動機として「男女問題」が結構大きいことです.
2016年の自殺原因をみてみますと,
高校生
進路の悩み:31件
学業不振:21件
男女問題:22件

大学生
進路の悩み:50件
学業不振:67件
就職失敗:27件
男女問題:25件

中学校でも,毎年男女問題で何名か,なかでも失恋で1〜3人自殺しています.
これは「いじめ」による自殺を大きく上回る頻度です.
まじめな話,いじめ対策をするくらいなら,失恋対策もした方がいい.むしろそっちの方が自殺者数を減らすには貢献します.
いじめ対策をしている横で,その何倍もの数の学生・生徒が失恋によって自殺に追い込まれているのは,なんだかシュールですね.


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