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「危ない大学」を増やさないように

この2日間,ツイッターだとかフェイスブックだとかを介して,
「教職員用」危ない大学とはこういうところだ
大学教育を諦める
へのアクセスが高まっています.

アクセス数が増えたからといって私に利益があるわけではないのですけど,こうした記事に注目してくれることは嬉しいものです.
記事を世間にご紹介してくれた方々,ありがとうございます.
これからも清濁合わせた記事を書いていきたいと思います.

明日はいよいよ参議院選挙.
私の書いている記事が少しでも選挙の結果に影響するようであれば,これ以上の喜びはありません.

一連の記事でも書いているように,「危ない大学」が増えることは日本のためになりません.
大学とは,文明の発達に伴い腐敗してゆく人間の「大衆性」を是正するところにその使命と存在意義があります.
鳥無き島の蝙蝠たち(4)空海
この国難をなんとかするために大学教育

そして,この問題の最も厄介な点は,「危ない大学」が増えることを望んだのは大学当局であり,なにより国民自身だったことです.
危ない大学が増えて競争させれば,各大学に危機感を与えることになるから教育サービスが向上するのではないか,というものでした.
まじめに考えれば,そんなことにはなりません.
大学の売り

一貫して大学教育のレベルは下がりました.もう手の施しようがないほど.
だから私は「大学教育を諦める」ということを主張しているのですが,それでも完全崩壊するまでの時間稼ぎはしたいところです.

明日は参議院選挙だという話でした.
私の言う「大学教育の質を高める」ことを望む政治家はいません.
繰り返しになりますが,大学教育の質を本当に高めようとすれば,国民感覚から離れてしまうからです.票につながらないことは言わないのが人情です.
この時点で絶望なのですが,比較的マシな政治家を選んだり,当選後に訴えかけるくらいしかないように思います.

私達の分野(?)には,事あるごとに用いる名台詞があります.
「諦めたらそこで試合終了だよ」

でも私,こう思うんです.
諦めたら試合終了だということは,
諦めたところからが次の試合開始ではないかと.

次の試合のためにすべきこと,そして態度が重要になってきます.
井戸端スポーツ会議 part 25「戦争に負けた国(日本)がとるべき態度」