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即席対戦車爆弾

これまで母方の祖父の話をしてきましたが,今回は父方の祖父の話をしたいと思います.
母方の祖父は海軍・下士官でしたが,父方の祖父は陸軍の一般兵でした.
戦地は主に南方とされる太平洋の島々で,祖父本人の口からは聞きませんでしたが,父から聞くにはどうやら激戦地とされたところの生き残りだそうです.

母方の祖父は寡黙な感じの方だったので,あまり戦争の話はしなかったのですが,父方の祖父は何かの際には笑いながら戦争中の出来事をよく話してくれました.
けど,よくよく聞けばR16指定の話じゃないかと思うようなエグいものもあります.

祖父によると,ハリウッド映画に「戦地を思い出させる」ものがあるそうで.
それが「ランボー」と「プライベート・ライアン」だそうです.金曜ロードショーとかを見た時にそんなことを言っていました.
ノルマンディー上陸作戦のような浜辺からの強襲や,ジャングルの中を少人数部隊でゲリラ戦とか,そんなことをやっていたのだそうです.

御存知の通り,陸軍の死者は「戦死」よりも「餓死」や「病死」が多かったとされています.
数字は証言する データで見る太平洋戦争(毎日新聞)
祖父が言うには「補給さえしっかりしていれば,もっと良い成果を出せた」とのこと.
とにかく日本は補給線が杜撰だったのですね.いわゆる「戦線を拡大しすぎた」というやつです.

ですが,「敵兵,恐れるに足りず」というのは意気込みだけじゃなくて実際にそうだったようで,人数や武装が劣勢の状況下でも,いろいろと工夫をして善戦できたと言います.
やっぱり補給線が悔やんでも悔やみきれない致命傷だったのです.

例えば,島に上陸してくる大規模な敵兵を少人数で迎え撃つのに,以下のような戦法をとっていたと言います.

●即席対戦車爆弾の作り方と使用方法
もう使わなくなったトラックのタイヤを見つけ,その内側に爆薬を詰めるだけ詰めます.
最後に手榴弾を入れ,その信管のピンに長い紐をつけてトリガーとします(これを引っ張ることで遅延信管を起動させて爆発させることができる).

戦車が通るであろう場所を見つけたら,茂みにタイヤを隠し,そこから進入路を横断するようにロープを隠しつつ渡して自分たちは通路反対側に隠れます.
戦車がやってきたら,タイミングよくロープを引いてタイヤを戦車の下に潜り込ませ,同時に紐を引っ張り手榴弾のピンを引き切ります.

あとは爆発に巻き込まれないように,全力でその場から立ち去るのです.
たいてい,戦車の周りには歩兵がいるので,見つかったら銃弾の雨あられとなりますが,それは上手いこと避けて逃げます.
数秒後には大爆発が起こって西洋人の断末魔の悲鳴が聞こえるので,それを確認して「よし!」と思って帰還します.

これが非常に有効だったそうで,何台もの戦車や装甲車を木っ端微塵にしたと自慢していました.コツは,戦車の通る道を入念に選定すること.逃げやすく隠れやすい場所選びが重要です.

生前,花火を使って似たようなことをやってみせてくれました.激しくフィーバーして面白かったのですが,その時,祖父は祖母にこっぴどく怒られていました.
たしかにあれは危なかったな.広い田んぼの真ん中だからできたことです.都市部の良い子の皆様はマネしないように.

類似する方法に,地面に穴を掘ってその中で隠れて待つタコツボ戦法があったそうですが,祖父はこの戦法は嫌いだったとのこと.
機動性が失われるので逃げることができず,見つかったら目も当てられない悲惨な末路になるそうです.

あと,『プライベート・ライアン』の後半部のシーンで,ドイツ戦車を破壊するためアメリカ軍が靴下の中に爆薬を入れ,それをオイルにひたして「キャタピラ破壊用爆弾」なるものを作っているのですが.
祖父に言わせれば,あんなんじゃダメだそうです.よほどドイツ軍が間抜けじゃないと上手くいきっこないとのこと.
やっぱりタイヤ爆弾最強説です.

ところで,私達が子供の頃の田舎では,モデルガンや爆竹とか火薬を使った遊びが流行っていました.危険だということでそのうち規制がかかったのですが,祖父は子供たちのそんな遊び相手になってくれていましたね.
今思えば,かなりファンキーな爺さんだったと思います.

導火線をどのように通すかとか,効率よく誘爆させるための方法とか.で,いろんなものを木っ端微塵にしていました.きっと昔を思い出しながら楽しんでいたのでしょう.

もちろん,そのたび祖母に怒られていました.