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オリンピック・レガシーを諦める

スポーツの話題も「諦める」シリーズにしてみました.
オリンピックの話です.

オリンピック・レガシーというのをご存知でしょうか?
2020年東京オリンピック・レガシー(wikipedia)
オリンピック・パラリンピックによってもたらされるレガシー(東京都)

一部のスポーツ研究者にとっては非常に関心が高い事柄.
その一方で,その他多くのスポーツ研究者にとっては大した関心事ではないものです.
私もその一人.

なぜ少なくないスポーツ研究者の関心が低いのか.
それは,「レガシー(社会的遺産)」は人間の手でコントロールできるものではないからです.それくらいのこと,直感的にも分かります.
ところが,結構な勢いでこれに食いついちゃってる人が多いのです.

わざわざ「オリンピック・レガシー」などと騒がなくても,オリンピックを盛大に開催すればレガシーは生まれ,継承したほうがいいものは残り続けます.
レガシーを我々の手で操作しようとすることがおこがましい.
「オリンピック・レガシー」
これは壮大なる「後出しジャンケン」です.

オリンピック開催の価値は,オリンピックという大規模イベントに乗じてさまざまな公共投資をすることにあります.
ところがこの国が絶望的なのは,今回のオリンピックにかける予算支出をゴネるニュースがとても多いことです.例えばこんなの.
東京五輪費用、1兆8千億円 当初の6倍、大幅な公的資金投入避けられず 大会組織委試算(産経新聞: 2015.12.19)

とにかく,「低コストで開催しろ」「現状施設でやりくりしろ」といった声が大きい.
皆さん,いったいオリンピックに何を期待しているのでしょうか.

たんにスポーツ大会を開くだけなら私はオリンピックには反対です.
こんなスポーツ素人のバカ騒ぎ,日本国内で開催してほしくありません.
国外で開催されるオリンピックに出場していればそれでいい.

ではオリンピックに何を期待するのか.
例えば,オリンピックを契機に新しいテクノロジーを開発し,それを開催地東京に実装する.そうして実現化したものを地方にも組み込んでいく.といった機会にするのが望ましいのではないかと思うわけです.
ま,月次な意見ですけど.

1964年の東京オリンピックでは,高速道路,新幹線,テレビ,ピクトグラム標識などの新しいテクノロジーや社会システムの導入・発展が促されました.
これについてよく,「そんなの,オリンピックを機会に土建や放送・広告が潤うだけだろう」という話が出されますが,あまりに次元が低い.

新技術や新システムを導入する機会として,オリンピックの価値があるのです.
「自動翻訳装置」とか「チケット管理システム」の開発,あとは「リニアモーターカーの運営」なんかの予算を景気よくバラ撒いて,2020年をお披露目会とすべく各社で競争させればよかったのです.
こんなこと言うと,どうせ「資金獲得のための申請書で競争させて,開発の実現可能性が高いところに予算を配分しよう」などとケチくさいことを言い出します.いわゆる「選択と集中」ですね.これが最も開発が遅くなる手法なのに.

オリンピック・レガシーなどと気張らなくても,盛大にスポーツ大会を盛り上げればよかった.そうすれば,勝手に後の世のためになるレガシーは生まれたはずでした.

もう無理ですけどね.
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会レガシーに関する提言(中間報告)
を見ると,それがよく分かります.

なんせ,新しい提言がほとんどありません.
一言で言えば,「ソフト重視」です.
本当に後世へレガシーを残す気があるのか疑問でなりません.
例えば,学校で「グローバル人材」を養成したり,街の爺さん婆さんを捕まえてきて「スーパーオモテナシニア」として養成するのだそうです.

「レガシー」
そう言えば,これもカタカナ語ですね.
日本は今,本当に腐っています.


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