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もうちょっと本気で農業のこと(農家が農業をしないわけ)

マスコミや識者(もっと言うと,日本)が農家をバカにしていることは,これまたマスコミや識者の多くが指摘する補助金や権益に見て取ることができます.

前回の記事は,「農業は安全保障は当然のこととして,日本国の象徴であり,日本文化の根幹であるにもかかわらず,国民が農家のことを斜陽のビジネスモデルであると勘違いしていることが,農業問題の本質である」とういうことを,少々感情的にお話しました.
今回は,それが農家を取り巻く政策にも見て取れるというお話です.
この話については,神門善久 著『日本農業への正しい絶望法』が詳しいです.神門先生は,農家の事情が非常によくわかっていると思いますし,「あぁ,やっぱりね」と納得させられることが多い本でした.

農家にまつわる既得権益や悪事をまとめてみました.
・農地売却による大儲け
・補助金目当ての農業
・戸別所得補償制度
・跡取り優遇
「農家が農業をしなくなった」と指摘されるニュースです.
農家に対しても「根性がない,節操がない」という精神論・道徳論がぶつけられて然りなのかもしれません.
しかしここでは敢えて,農家の関係者である私から反論させていただきたいと思います.

まず1つ目の問題点.農地売却についてですが,これは
「農業をするよりも,農地を売却した方がはるかに収益がある」という点です.

例1)
1ヘクタール(100m×100m)の農地を持っている農家がいたとしましょう.0.5ヘクタールでも十分大きな土地です.
そんな土地が都市の近郊にあり,道路も整備されているとしましょう.水はけもよく,日当たりも良い.というか,えてして農地というのはそういうところにあります.それが農業をする上で必要だからです.つまり,良い農地というのは,良い宅地,良い商業地なのです.

とっても魅力的な土地ではありませんか.そのうちどっかの企業や不動産会社が買い取りたいと狙ってくるでしょう.
というわけで,その農家はその農地で一生懸命農業をしません.いつ売れるとも知れませんが,いざ売却するとなったら,手入れしてたら苦労が水の泡ですから.何もしない方が濡れ手に粟です.場合によっては放置状態です.そういう農地,ちゃんと観察したらよく見かけますよね.

まさに私が今住んでいるようなところ(埼玉県)は,ジョギングしてたらよく見ます.
先日,床屋のおばちゃんともそんな話になりました.「みんな,畑仕事するより売ったほうが儲かるからねぇ.仕方ないねぇ,ってお客さんとも話してるんですよ」とおっしゃっていました.やっぱりなぁ.
実際,ここに引っ越す前にGoogle マップ(ストリートビュー)で見たら大きな畑だった場所は,来てみたらユニクロでした.
この現象は,猛烈な勢いで進行しています.微妙に都会の人ほど,これを実感しているのではないでしょうか.都市計画法の「市街化区域」に指定されているところでは,農地を簡単に転売することができますので(もともと農地売却には制限が多い.理由は後述します).

例2)
役所には「畑」として登録されているのに,実際に肉眼で確認したら,どうみても駐車場だった,家だった,お店だった,スタジアムだった,というのは枚挙に暇がありません.これってつまりは違法行為です.脱税です.
でも,これが結構見過ごされています.なんででしょう.最大の理由の一つは,役所の人が確認するのが面倒臭いことです.いちいち見回りをしてられないからです.

なぜ農地を別のものとして利用するのか?なんで違法行為なのか?理由を知らない人のために簡単にお話しておきます.
田や畑といった農地は,宅地や駐車場といった土地よりも税金が安いのです.
登録の際には役所の人も立ち会って確認しますから,その時は農地なのです.しかし,その後に宅地やら駐車場として利用するわけです.でもこれは脱税です.
物理的に農業できない状態にするわけですから,そりゃ農業できませんわな.

そう言えば,この農地転用問題は民主党の輿石東氏がやらかしていたのがバレた事件としても有名です.以下の産経新聞の記事を参考にしてください.
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130517/crm13051702010000-n1.htm


上記の2例のようなことが,なんで横行するのか?
農家の所得が低いからです.
「おいおい,前回は“農家の所得は平均的だ”と言ってたじゃないか」というご指摘,ごもっともでございます.
では「所得が低いから」ではなく「売上が低いから」と言い直しましょう.同じことですが.

苦労に見合った所得を得ていないこと,農業なんてやってらるかと思わせる状況であること,そして制度がボロボロで簡単にくぐり抜けることができることが要因です.
農業よりも,土地売買に精を出したほうが良い.そう思わせるシステムにしてしまっていることが問題なのです.

前回の繰り返しになりますが,農業は金儲けとビジネスモデルの発想で語ることができません.農家に必要なのは癒やしでもお金でもなく,誇りです.

もちろん,これは農家が悪いことに違いはありません.でも,ここで言いたいのは「3K(汚い,きつい,危険)の農家の人,かわいそう..」という偽善の政策により,不必要な利権をつけたところに問題の根があります.
当然,そうした政策を推す政治家を農家が選んだというところも問題でしょう.
でも,ちょっと考えたら悪習が蔓延することが予想されるような政策を,「まぁいいんじゃね?」と適当にあしらったわけです.
農家に金を握らせ,「これで満足だろ?どうせ跡継ぎも担い手もいないんだ.あんたに金が転がり込むような制度を用意しといたから,そのまま静かに眠れや」という政策を進めたのです.
戸別所得補償制度はこの典型ですし,跡継ぎ優遇なども,どうせ機能しないし時間の問題です.
今更のように新規参入の規制緩和をしていますが,遅きに失するとはこのことです.
つまり,日本人の多くが農業のことを国難を招く問題だと認識していなかったからです.

「農地売却や農地の違法利用は,誰かが取り締まればいいじゃないか」
はい,昔はそれを取り締まっていた組織がありました.JAと言います.皆さんが叩きまくって弱体化させた,あのJAです.

「それとこれとは別だ.法に則り,粛々と取り締まれば・・・」
いえ,それは難しいのです.もともと,農地を適切に利用しているかどうかなんて,主観によります.荒んだ畑を指して「自然農法だ」と言われれば,それ以上文句は言えません.
ですから,そうした言い逃れを,常識の範疇で取り締まっていたのは,近隣の農地の主であり,その最後の砦がJAでした.昔は「JAから睨まれたくない」ということで,農地を荒廃させたり,宅地や商店を建てるなんてしてませんでした.でも弱体化した今のJAでは難しいのです.

悪の組織として語られることの多い「JA」ですが,かつては農家にとって正義の組織でもあったのです.
(正義の組織「JA」については,また別の記事で扱います)
農地売却についても,以前はJAが目を光らせていたことでカオスな農地売却が抑えられていた側面があります.農地を売却しなければやっていけない農家を支援するのもJAでした.
「農地を売却するのは,その農家の勝手ではないか?立ち行かなくなった農家をJAが救っていただと?甘やかしてはいけない.自己責任だ.これだから農家はぬるま湯に浸かっていると言われるのだ.農家にも競争原理を導入するべきだ」
とトーシローは言うのでしょうが,バカも休み休み言えというところです.

売却された農地が,そのまま農地として使われるのであればいいのですが,例にも挙げたように,そうならない事も多いものです.宅地や駐車場,商店といったものになります.

するとどうでしょう.近隣の畑が枯れていくではありませんか.農地というのは,その場所だけ良ければいいものではありません.周りの土地に影響されるのです.
給水路の使い方や農薬の使用,雑草の駆除,倉庫を建てていいかどうか等々,農家同士で連携しなければならないことが多々あります.ここんとこを農家以外の方々は結構知らない.
「革新的なアイデアを持った野心的な農家が,日本の農業を救う」そういう側面も否定はしませんが,そうした「野心的な農家」は近隣の農家にとって迷惑な場合もあります
「競争させて,成功する農家と淘汰される農家が出るのも市場原理だ」なんてのは残念ながら妄想でしかありません.

いつ頃だったか,一時期はしきりに「農家は土地を簡単に売ってくれない.しかも法律に守られている.排他的だ.新しいビジネスを受け入れない」などと言ってました.
農家が土地を簡単に売らない.そして売れないように法律(農地法)があるのは理由があります.既得権益や排他的だからではありません.

でも,そうした規制は「農地取得の規制緩和」によって無秩序な農地売買に加速がかかりました.農地制度がどのようになったのか?は,農林水産省のHPに詳細が載っています.
農林水産省:農地制度
農地制度を規制緩和したけど,肝心の行政による農地の土地利用監視はザルのまま.なんということでしょう~.
ここんとこの事情は以下のサイトに詳しく書かれています.
http://blog.goo.ne.jp/psyche-box/e/3830051e5583f0c58baf6ac958912c7c

さらにやっかいなのは,買い取ってそこに建った店から「農作業の音がうるさい.農薬が舞い込む」などとクレームが出てきます.
そうです.そういった問題が出るのは分かりきっているから,JAが「てめぇ,絶対売るなよ.ぜってぇ売るなよ!」と睨みをきかせていたのです.
一方で,「売らなやっていかれへんのか?いくらあればやっていけんのや?ダメなんか?ほな,畑を買うてくれる人を探したるわ」と農地転売の斡旋をしてくれていたのです.

そうした体制が,JA弱体化によって崩れました.

今は農家が売りたい放題です.
悪影響を受けた隣の畑の人も,農業に嫌気がさして手放します.負の連鎖です.

「よし!ならば,そうした農地問題を抜本的に改革だ!腐った農家の悪行を正してくれる!」
いいですよ.勝手にすればいい.スペードのエースをきったつもりでしょうが.でも,そんなことすると農家の人からジョーカーを突きつけられますが,いいですか?
「よし..,ならば..,貴方がた都会の人の土地利用も一緒に抜本的に改革してくださいね」
土地利用の監視が難しいのは,なにも農地だけではありません.
ビルの上に倉庫を建てる奴,登録後に増改築する住民....,こっちの方が根が深いのですよ.

そう・・・,
こうしたことが農業問題が進まない理由の一つであります.
実は農家やJAを本気で叩いたり改善しようとすると,自分たちの利益が減り,自分たちの悪行まで引っぱり出さなければならなくなる.それが農業問題が複雑なままの理由でもあります.
バッシングして爽快感を味わいたいけど,その爽快感は自分の体を傷つけることで得ているものなわけです.自分が大怪我するほどのバッシングはできないわけですな.
この50年間,農家の犠牲の上に得てきた富ですから.

まとめましょう.
・農家が農地でしっかり農業されると,自分が土地を安く買い取れなくなる
⇒だから農家が農業をしなくなることを問題視できない

・農家の土地利用を指摘すると,自分の違法土地利用も取り締まられる
⇒だから農家の違法土地利用は黙っとく

前回までの話も追加すると,
・食料安全保障や高コスト体質を問題視すると,自分の食習慣に起因することに行き着く
⇒だから「競争力がない」とだけ言って逃げる

・日本の農家に本気出されると,自分の輸入業や卸業があがったりになる
⇒だから「TPPに入って自由貿易だ」と言い出す

そんなわけで,一応バッシングはする,でも,本気でバッシングはしない.恐る恐るやる.そういうことです.

次回は,正義の味方JAマンの活躍をお伝えします.



参考記事
参考になる書籍を,以下に示します.