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ちょっと本気で農業のこと(ハイテク農業を考える)

前回の記事を一言で言うと,「日本の食料安全保障は食料自給率100%を目指さなければいけないほど切迫しているわけではない」とういことです.
これについて早とちりする人は「日本の農業が衰退する」とか「TPPに入るのか?」とか「輸入に頼っていては危ない」と言い出します.

日本の農業が衰退するかどうか,TPPに入るかどうか,輸入に頼るかどうか,これらはそれぞれ「農業問題」としてオーバーラップした課題ですし,各者の主張はそれぞれ良いことを言っているのです.
しかし,ドカッーン!と何か一つの政策をブチ上げることで全部解決できるようなことではありません.
目の前のことを叩けば,別のところが飛び出してくる.それを叩くとまた別のところが飛び出してくる.永遠にイタチごっこです.
(これについて今私が言えるのは,「叩くでない.押すのじゃ」です)

それだけ農業問題は複雑極まりないものです.だからマスコミも詳しく扱うのを嫌っているのでしょう.面白いテーマじゃないし.ほとんど核心に迫るニュースはありませんから.
ゆえにTPPで農家を脅迫すれば「何か面白いことが起きるのでは」と期待しているのではないですか.こういうのを無責任といいます.

どれか一つの問題点を掘り下げたところで,農業問題は見えてきません.このブログでも,特定の記事だけではなく我慢して以下の記事を読んでください.
食料自給率と食料安全保障
■ハイテク農業を考える(この記事)
農家が農業をしないわけ
■食文化と生産物(未)


さて今回は,食料自給率を100%にできない日本が,万が一世界が大飢饉もしくは流通網壊滅という状態になったときのことを考えて,今のうちに注力しなければならないことです.

その前にまず,非常に現実的かつ当然やらなければならない食料安全保障政策としては,安定して輸入し続けるための「平和的外交」と「途上国への食料生産方法の指導支援」ということになります.これに越したことはありませんから.

そうは言っても,輸入に頼りきりはマズイだろうということで,2020年を目処に食料自給率50%を目指していますが,それでも50%なわけですから,
「世界中が飢饉に陥ったらどうするんだ?日本国民の50%を餓死させるのか?」
ということになりますが.まぁ,そうです.間違いじゃありません.

でも,飢餓を前にしたら,皆さんは平時のままの行動にはならないはずです.不味いものでも,形が不揃いなものでも廃棄せずに食べるでしょう.自分や家族の食料確保のため,ほっといても農家になる人は増えます.第二次大戦時の日本もそうでした.

ただ,そうであっても現代の日本人の多くが土地も技術もないままに農業ができるわけはなく.
しかも,SFじみた戦争や災害,天候悪化などによる食糧問題は突然やってくるわけですから,備蓄でまかなえるであろう1年以内になんとかしなければなりません.ではどうするか.

そんな緊急事態のためにも,ハイテク農業(植物工場)の研究を怠ってはいけないと私は考えています.
3年前の記事である■農業のことでも取り上げましたが,「ハイテク農業」は狭い国土と低い自給率という条件の日本において,重要な意味を持っています.
ビジネスライクに物事を見る人や,伝統的な農業を推奨する人からは「採算が取れない」「農業を愚弄するな」と嫌われますが,それは「今」だから言える言葉です.

例えば養殖漁業の研究をみてみましょう.養殖研究をしている人に対しても,当初は「採算が取れない」という言葉が浴びせられました.また,伝統的な漁業を推奨する人からは「味が悪い」「漁業を愚弄している」などと言われました.
でも,今はどうですか.漁業の一翼を担っているではありませんか.魚介類を安定して供給できる産業になっているではありませんか.

沿岸部の環境に左右されたり,まだ安定して養殖ができない魚介類があったり,環境汚染などなど,養殖漁業に全く問題点が無いわけではありませんが,ハイテク農業においても同様で,食料安全保障の観点から研究をみる必要もあるでしょう.

上記の過去記事では,ハイテク農業が未来においては労働条件が過酷ではなくなり,採算のとれる儲かる職業として期待するものでしたが,現時点では「ビジネスとして成り立たない」という評価をされています.
しかし,こうした研究や活動こそ「費用対効果」だけで評価してはいけません

世界的な気候変動や致命的な食料流通問題が発生した時にも,日本人の胃袋を満たす最低限の食料確保ができる方法を研究しておく必要があります.
飢饉の時に,値段が高いだの,これは本来の農業とは違うだのとは言ってられません.

買わなきゃ飢える,作りたくても作れない,という状態になるかもしれない.
そんな時,ビルや工場で人工的に農業環境をつくり,季節や気候に関係なくエネルギーさえあれば工業製品のように食料を安定的に生産するノウハウは,食料安全保障上も重要な研究となります.

世界中が大飢饉に陥った時,外国から食料供給を楯に法外な外交要求をされるかもしれない.自給率100%は無理であっても,そうした事態を少しでも和らげるために,余裕のある今のうちに研究しておくことが大切なのです.
それがハイテク農業が持つ意味だと考えています.
 
いまのところは農業における緊急手段として期待できるものでしょう.できるだけエネルギーを使わず,大量に生産できる技術を磨いておく必要があります.
もちろん,採算がとれて,味も良いなら申し分ありません.将来的にはビジネスとして成り立つようにするべきではあります.ですが,この点だけでハイテク農業のことを評価してはいけません.

さてさて,そんなハイテク農業ですが,この考えを進めていく上でおさえておかなければならないことが何点かあります.
重要な順に書き出してみました.
(1)流通網が壊滅してもまかなえるエネルギー資源の確保
(2)緊急に植物工場を建設する能力の確保
(3)コストの改善
(4)不要になった時点での後始末

(1)については言わずもがな.植物工場はエネルギー(電力)を食います.エネルギーがなければただの小屋です.
しかも,日本において食料安全保障が問われる事態というのは,食料流通網が破壊されている状況が想定されるわけですから,当然,世界の情勢が不安定であることを考えられます.ということは,食料流通網が危ない時というのは,エネルギー資源の流通網も危ないということを意味します.

よって,最悪,何年間かエネルギー資源が輸入できないことになっても,安定的に電力を供給できる状態を日本は維持しなければならないという結論に至ります.
そして今,現実的なものは原子力発電と自前のエネルギー資源の採掘です.


今の日本に,原子力発電は必要です.その他の経済のためでもありますが,今後の食料安全保障のために重要なのです.
もう一つの「自前のエネルギー資源の採掘」ですが,目下,メタンハイドレート(という天然ガス)に期待されています.
原発再稼働に反対される方は,きっと原発再稼働を訴える方々から「無責任!」と罵られているでしょうから,こう言ってください.
「メタンハイドレートでまかなえばいいじゃないか.早く採掘作業に取り組め」と.

ところで,「悲しみの王子・ロボライダー」である私の弟は,メタンハイドレートに関する某委員をやっておるのですが,全くと言っていいほど進展しない委員会に悲しんでいるそうです.
何か」がメタンハイドレートの採掘を阻んでいます.強大な政治的「何か」が.
反原発運動に熱心な方は尚のこと,どうかメタンハイドレート採掘を押してください.

次に(2)の建設能力の確保についてですが.つまりは土建国家を復活させることです.
同様のことを,東日本大震災で学んだはずです.土建屋がいないと速やかな復興はできないのです.もう二度と同じ轍は踏まないことです.

オリンピックも招致できたし,国土強靭化計画も進んでいるし,今のところ順調ですが,いまだに地震大国日本,食料自給率40%の日本という現実を前にしても「土建の利権が~」とバカの一つ覚えのように語る人がいます.というか,きっとバカなんでしょう.
これについては,私も専門であるスポーツの観点から■スポーツで土建国家を復活できるで詳細に書いていますのでご参考ください. 
ようは,震災だけはでなく,食料安全保障のためにも,全国に土建屋を一定数確保し続けることが重要ということです.

(3)のコストの改善は,その道の研究者にがんばってもらうしかありません.現在のハイテク農業はコストがかかるのでしょう.でも,繰り返しますが,ハイテク農業はビジネスとしての価値だけで評価できるものではありませんから,長い目で見てあげてください.

未知である上に,実は最大の問題は(4)でして,飢饉が去ったり,流通網が回復したりして,建てた植物工場が不要になった時です.

どれくらい植物工場が機能するかにもよりますが,究極のハッピーエンドとしては,食料自給率100%を達成しちゃっているので,まさに「雨降って地固まる」という状況です.
きっと採算度外視の公営で始めていたであろう植物工場は,徐々に民間へと移行していくことが推察されます.
あとは露地栽培(普通の農地での農業)の “こだわり農家” や “ブランド農家”と切磋琢磨してゆくことで,日本の農業は幸せになりましたとさ.というシナリオです.
そんなに上手くはいかないでしょうから,きっと割高なハイテク農業の工場群をどのようにするのか,その後片付けは大変ですね.

一方,「大変」とかじゃなくて「危険」なのは,大した食糧危機でもないのにハイテク農業が予想以上に発展する時です.捕らぬ狸の皮算用ですが,ここがハイテク農業の最大の問題点です.

なぜかというと,植物工場によるハイテク農業は,露地栽培と違って「海外に打って出る」ことができるからです.
つまり,安い電気料金と労働費という条件がそろった国がその時代にあれば,日本で農業をする必要がなく,「農業は海外でやればいい」となる危険性があります.

私の妄想によれば,メタンハイドレートを採掘し,原発を稼働させたエネルギー大国・日本だからこそ可能であるはずのハイテク農業でしょうが,「もしも」のことを考えておかなければなりません.
本気出し過ぎてコストダウンが上手くいき過ぎ,エネルギーをさほど必要としない植物工場群ができてしまうと,ユートピアなSF気分ではいられなくなります.

大規模なハイテク農場により安定的に人々へ食料を供給する未来
こういう響きは危険です.きな臭さ満載です.
ハリウッドSF映画であれば,オープニングで上記のようなナレーションが入ったあと,開始20分くらいで何かが起こります.悪い奴が悪さをします.悪い奴なので良い事はしません.最初の犠牲者は現地にいる黒人です.主人公はトム・クルーズあたりが演じるのでしょうか. きっと最後は激しい銃撃戦の末に,殴り合いで決着がつきます.

すみません,話がそれましたが,とにかく危険な香りがします.
SF的な話ですから,理由はありません.たんに私は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という,日本の原風景が好きなだけです.それが壊れそうな気がします.
ともあれ,これ以上はSFが過ぎるので,ここまでにしましょう.

次回は,農業問題における農家が抱える課題を取り上げます.
マスコミや識者が,もっとも取り上げない課題です.
きっと,農家ではない一般の方々にとっては,興味をもって聞いてくれない課題です.しかし,それこそが「農業問題は複雑極まりない」と思わせる元凶であり,対策が講じられない原因でもあると考えています.
農家の息子のぶっちゃけ話をお聞きください.

参考記事

参考になる書籍を,以下に示します.
どれ一つとして納得できないものはなく,かつ,全面的に賛成できるものもありません

しいてあげると,私と最も考えが近いのは,
神門善久 著『日本農業への正しい絶望法』でしょうか.
神門善久先生が,もっとも農家の事情を把握しておられるように思います.農家の息子である私が太鼓判を押します.